ソムリエ講座2期でご一緒したみなさん、『オリーブ2木の会』のブログが出来ました。
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2014年04月26日

オリーブジャパン2014は大盛況!


オリーブジャパン2014。
マルシェ型オリーブオイルコンテストのリーフレットに
デフォルメされた大きなオリーブの実。

その下、さわやかにほほえむ道端カレンさんと神宮司治さんには、
マルシェに出かけてみようと、こころ浮き立つ説得力があるなぁ、
なんて物想いにふけっていると早くも本日の運びとなった。

日本オリーブオイルソムリエ協会のソムリエたちが
全国から集結してのお手伝いにあたまが下がりっぱなしのわたくしだ。

しかし自分には不可能、ぜ〜たいできない。
なんと批判をおそれぬ潔くもクリアな発言なのだろう。
と、自画自賛も実は老齢の身では長丁場はムリというだけの事であった。

***オリーブジャパン2014は明日 27日(日)も引きつづきオリーブオイルの宝庫です***


posted by イイジオリーブ at 15:30| Comment(0) | 日本オリーブオイルソムリエ協会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月31日

AVILOエクストラバージンオリーブオイル  天草100%リミテッドエディション100ml陶器ボトル


若草のさまざまなみどりを愛でながら過ごしていると
いつの間にか桜前線の話題で持ちきりの時節となった。
そこでハタと周囲を見わたすと我がベルサイユ宮殿はヤブの中ではないか。

さて、除草作業になかなか身が入らないので、
さきほど見つけたフキノトウでわが家の春の定番、ポテトサラダを作る。
茹でて適宜に刻んだフキノトウをつぶしたポテトに加え
マヨネーズと塩、胡椒で味を調える。
好みでレモン汁をおとすだけのシンプルなフキノトウのポテトサラダ。

フキノトウの味覚は言わずと知れた苦みのあるいい大人なので、
一般的なポテトサラダのカテゴリーに入れたり、
本来あるべき味を追い求めるとお察しのとおり、何じゃこりゃな後味、になるのだ。

ところが生命力旺盛な野草を受け入れる親分肌のマヨネーズの尽力で、
大人のサラダという全体像から焦点が絞られ、
より一層、みなさんが好むポテトサラダに近づくのだった。

ああ、おいしかです。
なめらかな食感のマッシュポテトの中から
摘み草ならではの苦みがアクセントとなり、
春よ、来い、そりゃ、は〜るが来た、のシチュエーションも申し分ない。

以降、もっと大人感をきわめたくば
マヨネーズはオリーブオイルでこしらえてみよう。
と、ワインが欲しくなるような旨味が倍増し、
そいじゃぁ、あと数本、いってみようか、
なんていう恐ろしい事例をわたくしは知っているのだ。
結果、マヨネーズは市販のモノを使うべしということになる。

実はオリーブオイル。
アビーロさんの天草ネバディロブランコの単一種オイルが発売されたと小耳にはさんだ。
ネバディロブランコ種は過去に、
フルーティーさと辛味と苦みをあわせ持つ
オーストラリア産オイルをおいしく食したことはあったが、
国産ではそうそうお目にかかることのできないオイルだ。
これはなにがなんでも手中におさめねば、
と、怒涛の財布を握りしめ福岡の都心は天神へと走ったのだった。

ではフキノトウのポテトサラダにかけてみる。
苦みと辛味のうねるような味わいがフキノトウの苦みと相俟ってのど越しに斬新だ。
そして国産でも天草のネバディロブランコオイルの風味と味の幅は、
わたくしのルッカ種やミッション種オイルのとは一線を画す
やさしくも複雑な表情を持っていた。
お次は裏庭に顔をのぞかせたばかりのノカンゾウやタラの芽とタコを和え物にする。
おお、これにもまたうまし。
野草は陰性の食材が多いというけれど
それを陽性に変えてくれるような
ふくいくとした香りのオイルだと思った。

ところで情報に疎いわたくしは、
アビーロさんのお店が空中移動しているとは露知らず。
そしてそこは岩田屋本館地下だったが
好物のチーズ売り場がすぐおとなりだったがために涙の散財となった。



posted by イイジオリーブ at 16:19| Comment(0) | アビーロ福岡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月28日

梅かおりスピルオーバー


北国の友人からのメールにつづられた雪との闘いに胸をいためた当月。
豪雪被害を受けられましたみなさまにこころよりお見舞い申し上げます。

この上旬、わが家の梅の木に花がほころびはじめた。
拙宅の庭模様は初夏のカキツバタにはじまり
真夏には天空をめざすタチアオイ、秋は黄金ザクザクの小金紅葉、
そして今は紅白梅図屏風。
すなわち、かの琳派の始祖、尾形光琳の絵づらの如し、と謳いたいところ
実は、モグラが穴からコンチワースのやぶれかぶれだ、陰々滅滅、ステップワンだ。
この不調好調、絶好調の庭に
ふくいくとさまよう梅の香りに魅せられた野鳥が遠方より来たるである。

いま、あふれんばかりの香りの側を離れられずにいるわたくしが
ひそかに愉しむものは梅の香をイメージする金沢オードバルファム。
香りを聞くとすぐにもまといたくなる和の趣きで、
大人道をそそ、そそ、そそそとあゆむ当方の好む香りのひとつでございます。
ささ、金沢オードバルファム。

さて、もうひとつのあふれんばかりは
花の香りとはうって変わる鰻重のかぐわしい香りにある。
当の「あふれ出る」という言葉を経済用語でスピルオーバーと言い、
費用を支払わない人にも都合よく利益が及ぶことらしいと知った財政学。
この時、教鞭を執ってくださった先生に聞いた
落語のまくらにある一人のけちん坊の小噺だ。

けちん坊の家のとなりにウナギ屋さんがある。
その店先から朝な夕な蒲焼のうまそうなにおいが漂ってくる環境に、
けちん坊はケチの王道で鰻のにおいをオカズに、
三度三度のご飯を食べるしみったれな生活を送っていた。
が或る日、その様子を知ったこれまたしみったれを100倍の地で行く店のガメオヤジに、
タダでにおいをかきやがって、とカギ賃を請求されるが、
けちん坊はお金をじゃらつかせて、はいはい、払いましたがな、と言ったとか。

ジャラッと渋チン。
ウナギらしい甘辛な味付けの話に教室全体が大笑いし眠気が吹っ飛んだ想い出だ。
これまでスピルオーバー効果的なおこぼれはサッパリも
あふれ出るという言葉を耳にする度に、
ほんわかほんわかと蒲焼きの醤油や味醂の香りがしてくるようで、
鰻重代を得した気分になってくる。
おお、これがスピルオーバーであろうか。
ほんまでっか、そうでっか
posted by イイジオリーブ at 14:36| Comment(0) | スピルオーバー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年01月30日

うたたねをさそう陽気にうれしい甘雨。


ひさしぶりの雨でオリーブも下草もパッと明るい表情にかわった。
ピンポイントで降ってくれる雨には感謝、感謝、
と、あいかわらず手前勝手なことでして。

さて無農薬、無肥料にもかかわらずすくすくと育つ里山の草や木の七不思議。
しかもツヤツヤとした茎や葉にシミ・シワ・虫喰いの絵図等は皆無だ。
オリーブの木をほそぼそと育てる者の深層心理は、
恥ずかしながら自然の表情に自分の肌をかさね合わせるのが日課で
いや、はや、まったくお粗末さんでござんす。
とはいうもののコスメ会社に並いる高濃度のナンタラエッセンスで
悪戦苦闘するわたくしは、自然に学ぶべし、
とさらなる見識を深める事も一応、忘れてはいない。

そんなこんなの或る黄昏時、
庭を掃いていて早々と姿を現したツクシの集団に気がついた。
まだ世に出て間もないらしくアタマはカッチカチのカッチカチ。
主軸の節も短めでハカマは重なり合い完全武装ときている。

農芸に精を出す者には地下茎活動するスギナは迷惑千万。
ところがそんなやっかい者も本年初お目見えとなれば
待ちに待った春の風物詩の顔になるのだ。
世間がこぞって迎え入れてくれる最大理由は春の山菜ということ以上に、
唱歌的なほのぼの感ではなかろうか。

ま、なにはともあれ、ツクシくんが備え持つ行動変容の素質には
なんか、こう、うらやましいものがあるのでやさしくしてあげたいナ、と思った。
そこで風が直撃してはいけないと考えたわたくしは、
厚手のダンボールを持ちだし辺りを囲うように砦を作ってひと安心。
寒波はこれでしのげるだろう。
その時はそう思った。
少しボランティアな気持ちにもなった。

翌日は午後。
チョイ見がてらドアを開けて言葉を失う。
砦が落ちている。
倒れたダン防塁がツクシ君たちを押しつぶし中には首折れで、
それはもう見事に死なばもろとも状態だ。
重装備もままならなぬものである。

不屈の善良魂が仇となり
良かれと思って尽くしたことが裏目に出たひとつの事例だ。
そしてその時、わたくしの脳裏には責任者の介在しない
「ひゃぁ、だれのしわざだよ」の外部的な文言しか浮かばなかったのだった。
年頭から意識下の自分を見たようで、うふふのふ。









posted by イイジオリーブ at 19:37| Comment(0) | 春の風物詩 ツクシ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月30日

極寒の朝。


極寒の朝、ガラス窓越しに外景色をながめているといっぴきのイタチが目にとまった。
抜き足差し足忍び足はまるで猫のようだ。
ブロック塀のそのイタ郎は黄土色のいかにも安もの風な毛皮をまとっており、
どうみても食べ物に恵まれていない感は腹あたりの貧弱さで一目瞭然だ。
その姿なりに、なんだか気の毒いなぁ、と気持ちをよせる三段腹のわたくし。

野生の生き物は少しの気配でも相手を敏感に察し行方をくらますので
こちらも神妙に息をひそめその動向をうかがう。
すると、にわかに顔面をつき出し目的あり風な前のめりで足早に歩むと
間もなく視野外となった。
その時わたくしは、ああ、獲物を見つけたんだね、
よかった、よかったと自分のことのように安堵し
普段の生活にもどったのだった。

そしてその日の夕暮れ、
すっかり頭からはなれていた柿の木に干したサワラの干物を想いだし
今晩のおかずだ、ワッセ、ワッセと現物を仕舞いに裏庭にまわったのだが、
サカナの骨が地面に落ちているのに気づいて愕然、騒然、ギョギョギョとなった。

サカナは葉脈のようにきれいに並んだ骨で構成されている、
というわたくしの高い知識を地で行くかのように
肉質だけがきれいになくなっているのだ。
犯人はいずこ。

さて、うちの庭に棲みつくもうひとつの生き物にコアラかアナグマがいる。
はじめて出現したのは今夏。
お尻がモコモコッとして耳がまん丸、脚が短く胴体ずっしり。
毛の色が灰褐色でそれはまぎれもなく生きたぬいぐるみと言われるあのコアラだった。

          20130405120003.jpg
               中庭で物思いにふけるのはコアラかアナグマか

それはその日のうちに、
かた田舎のオリーブオイルソムリエが確保した得体のしれないコアラ、
とかなんとかテロップが流れ全国ニュースになるにちがいなかったのだ。
ところがそこに、いつもの小坊主くんたちが田んぼ道からこっちに向かって、
おばちゃんそれ豚?、おばちゃんそれイノシシ?と大声を放ったのだ。
わたくしはそのタイミングの悪さにムカついた。

そして辺りを見回したがどこにもおばちゃんなどいないので
小坊主たちを無視したのだった。
しかし、そんなことあんなことに気を取られているうちに
そのコアラアナグマは姿をくらませてしまっていた。
いまとなってはその小動物がコアラかアナグマか
もしくはコアラとアナグマのミックスだったのか
残念ながら定かではない。

このことにより人さまに声掛けする場合は、
時機、ころあいを見計らねばならないこと、
すなわち空気を読めよ、という教訓を肌身で感じたので、
すぐに小坊主くんたちに説教を垂れたのだった。
あのくされるほどに暑かった熱暑日から早や、半年。
これからまた半年たてばコアラアナグマに会えるかもしれない。
          20130613081848.jpg
     同じく夏に玄関わきのタブの木に棲みついたアオバミミズク
     現在、東南アジア在住。



posted by イイジオリーブ at 21:05| Comment(0) | イタチ・コアラ・アナグマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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