ソムリエ講座2期でご一緒したみなさん、『オリーブ2木の会』のブログが出来ました。
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2012年10月26日

食べてみた。


秋深し。
ほっこり食材のイモ・クリ・ナンキンがうまみを増すこの時節は、
お芋さんのパンに栗団子、カボチャのケーキなどその道で名を馳す友の腕が鳴る時だ。
一方でわたくしにとっては、おこぼれにあずかる最良の季節といえる。

さて、このところ行楽日和とあって
山グリ拾いの声がかかるも残念ながら仕事優先だ。
その涙を飲んだ或る日の夕暮れ、栗おこわとコスモスの花の天ぷらが届いて、
モーレツにうれしくなった。
コスモス天は初めての体験だ。
ほろ苦さは花弁の中心部だろうか、
花の香りと相俟って喉元からふわ〜んと鼻孔を抜ける乙な味わいだ。
このちょっとした苦みから察すると
調和のとれる甘みのあるオリーブオイルと相性が良いかもしれない。

東北出身の友人によれば北国では、コスモスの他にアカシヤやフジ、
そして菊花など四季折々の花を油で揚げたりや和え物などにして食するのだそうだ。
ビタミンやミネラルをたくさん含む色美しい花の滋養を体に取り入れるなんて、
空で浮かべるだけでもカラーセラピーだ。
癒し道外伝・豆知識にしておこうっと。

ところで、雑草ながらも亜麻仁油やクルミに魚油と同じオメガ3の脂肪酸を、
たくさん含むスベリヒユが夏場の我が食卓には頻繁に上る。
調理法は味噌汁の具に始まり酢物やナタネの地油でのソテー、
オリーブオイルや亜麻仁油をとろとろっと回しかけたサラダなど
店頭にお目見えする野菜と同様の扱いだ。

スベリヒユは西洋ではバースレインと言うハーブで、
ちょっとの酸味とぬめりのある食感が特徴だ。
お鍋に美味しい水と醤油、
そこにちょっとの味醂を足した煮つけも歯ごたえの良さで外せない。
世界のどこの路地ででもお目にかかる雑草だが子どもの時は、
煎じて飲めば利尿剤、葉を潰せば虫さされの毒だしによく用いた漢方だ。

山形県では乾燥させて保存食にもするがギリシャでも食べると友人から教わった。
そうそう、「花スベリヒユ=ポーチュラカ」も身内なので食せるが、
賑やかな花色と真夏のガーデニングの必須植物と思うと今ひとつ食欲が湧いてこないものだ。
それに雑草のスベリヒユは財布にやさしいときているし味わいにおいても
こちらに軍杯が上がると思う。

花食と言えばおとなりの韓国では花を貼り付けたお餅を焼いていただくファジョンを、
フィリピンではバナナの蕾を、タイではカボチャの花を食するものだ。
味というものはお国柄で受け継がれるものなんだなぁ、と、感じ入るわたくしは、
こんな時にだけ料理の腕に気合が入るのだった。

では、花天のお返しと言ってはなんだけど取っておきの佃煮をば。
するとこちらの差し出すお皿に目が釘付けの様子の友人が、
「この絡み合った黒い固まりは?」
と、モノが佃煮だけにさっそく喰いついて来た。

よくぞ聞いてくれました。
これぞオリーブ業界仇敵のオリーブアナアキゾウムシだ。
そのゾウムシをこだわりの醤油と砂糖で絡めた甘露・甘露の佃煮ですぞ。
巷間、お目文字かなわぬ食材を親友のアナタにだけは是が非でも・・・

実はオレイン酸やビタミンA・D・E・K、
はたまたミネラル含有のつぶらな実をたわわにつけるオリーブの木の
薬効あふるる養分を吸い取りながら育つゾウムシには、
かならずや秘められた滋養強壮があるものとわたくしは確信しているのだが、
実際はどうだろう。

先ずはボイル。
茹でたゾウムシは「ミソ・内臓」が真っ白だ。
ただ体が小さいので味わう味噌もほんのちょっぴりときている。
それはさらりと甘く上品な舌さわりなのだが、
やたら口に障る甲羅を砕き噛むことができず、
最終は飲み込む羽目となるところがいただけない。
甲羅は無味無臭。

というわけで次は空揚げ。
ゾウムシがオリーブの天敵といえど、やはり殺生はつらいものだ。
しかし、わたくしが尊敬してやまない小泉武夫先生著の「奇食珍食」を想い起こす。
ここに先生のお言葉をお借りすれば「奇食珍食を紹介して飽食事代の今、
食を一風変わった視点から見てみるのも一興に値する」である。

気を取り直したところで強火で一気に油処理。
だが短時間では甲羅の水分が完全に飛ばないうちに黒くなる。
そのために甲羅の食感がボイルの時と同様、口中でモサモサとしてうるさい。
したがい弱火で長く揚げる方がパリパリの食感がある事に気がついた。
これはいける。
ミソの味もボイルの時とは異なりアミノ酸の味だ。
たとえば○の素みたいな。

次、甘辛煮。
醤油適量、糖分を多めにして絡めて見ると飴煮となり黒光りの姿煮となった。
よく見ればゾウムシとは奇妙な造形だ。
ここはさらりと眺めよう。
歯ごたえパリパリ良好。
ただし醤油と砂糖の味が勝ってしまい
ゾウムシ本来のミソのあっさり感は失せる。
が、美味い言えば美味い。

以上、
試食会は「栄養分析の課題」をもって滞りなく終えたが、
ゾウムシの捕獲数に呆れていた友人は以降、姿も見せず携帯も鳴らない。
竹馬の友よ、今いずこ。





posted by イイジオリーブ at 20:27| Comment(6) | コスモスの花 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月30日

怪我の功名とイボタノキ


坪庭にあるリンゴの木に実がついて、今はほんわりと紅を差している。
園芸店さんから「福岡ではなかなか色づかないよ」とのご指摘だったが、
やってやれない事はない、と植樹を実行して数年が経つ代物だ。

リンゴの味わいは無施肥にも拘らずさわやかな甘さで
歯触りはシャキッとしていい感触この上ない。
きっと苗自体、質のよいものをくださった事に加えて、
「モノは試し」という気合が生きた事例だと思う。

ところが先日、カラスがやって来てこのリンゴの木にひょいと降りるや、
いきなり現物を持ち去ってしまった。
今年は天候不順で数少ない実のひとつだっただけに、なんともうらめしい。
次回、カラスさんの訪問を受けたら是非ともかわいがってあげようと思っている。

さて、かような安穏な田舎暮らしは自然界のおかげであり、
天地間の万物で共に暮らす昆虫や小動物から時折、
チャチャを入れられても文句は言えない部分があるのかもしれない。

邪魔をするといえばオリーブの成長に、
オリーブアナアキゾウムシやハマキムシなど
空からの害虫被害が唱えられているが、
こちらはモグラによるオリーブの根枯れ問題にも出くわす次第だ。
モグラが多いのはミミズが土壌に住み着いているからで良い結果ではあるらしいが、
モコモコとせり上がったモグラのトンネルを、
地面の上から麦踏みのように踏みしめながら歩く坑道潰しが日課ときては、
あまり有難くもない。

先だってモグラ除けに植えていたニワトコが枯れたのは、
ミイラ取りがミイラになってしまったからだ。
仕方なく近くの山で調達して挿し木にとりかかった。
ニワトコは根アカで厳冬以外はほぼ一年中、挿せるようだ。
しかも成長もすこぶる早い。
ニワトコは根の臭さがモグラ除けになる。
欲を言えば、ぼんやりと大きくならないで、
その任務を遂行すべくその意識を持って育ってほしいものだ。

つづいて花色がエレガントだったライラックもモグラ被害に遭う。
ところがしばらくして、枯死した根元から丸っこい形状の葉がお目見えしてきた。
それはそのまま成長し、
初夏には細いラッパの形をした白くて可憐な花をつけるようにまでになっていった。
なんの花だろうと調べてみるとイボタノキという落葉低木と判明したのだった。
どうやらライラックの接ぎ木台として使われていたイボタノキが息を吹き返したらしい。

もっと調査をするとこのイボタノキの樹皮上に寄生するカイガラムシの
イボタロウカイガラムシが分泌する「いぼた蝋」は、
ロウソクの原料や日本刀の手入れに用いるものだと判った。
イボタロウとはイボタの蝋という意味だとか。
そこへ虫という字がつくとずいぶんかわいい響きになるところが笑えるが、
イボタロウカイガラ虫とはどんな虫だろう。
滑稽そうだが仕事ぶりが和芸事に造詣が深い。
これは笑っては失礼というものだ。

それからもっとおどろいたたことは、
この葉の成分がオリーブと同じオレウロペインという
ポリフェノールだったという事だった。

そこで葉を噛んでみるととても苦かった。
その苦さはオリーブ葉というよりも
クロガネモチの葉の味に似ている。
ふむ、ふむ、この苦みがオレウロペインの味なのかな。。

実は当方を含め友人仲間内ではオリーブオイルが
魚の目に有効なことは体験実証済みであるが、
このイボタノキのいぼた蝋はイボ取りにも活躍するらしい。
ちなみにイボタノキもオリーブと同様のモクセイ科だと聞いて、
イボと魚の目がつなぐオエウロペインの不思議な縁に感じ入っている。

思うに、うちのモグラ君がライラックを枯らさなければ
イボタノキは接ぎ木のままの道程であったに違いない。
そしてわたくしもイボタノキの名前はおろか、
オリーブの他にもオレウロペインの化合物を持つ植物が存在することを、
知らないまま過ごしているのだなぁ。
そう考えるとライラックさんには申し訳ないが、
今回の怪我の功名ではモグラ君に大感謝だ。

先日、ふと見たテレビのクイズ番組で、
モグラを漢字で書くと「土竜」たる所以を、
地面下で掘り進む道穴が竜が空を泳ぐ姿に似ているからだと語られていた。
なるほど、なるほど。

posted by イイジオリーブ at 21:07| Comment(0) | イボタノキ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月24日

オリーブのこと


オリーブ・マンザニロ種のたわわな実があれよ、あれよと言う間に膨らんで、
豊かに色づきだしたのは去る8月末のこと。
あわてて収穫から渋抜きに至り塩漬けの行程を踏んでいる最中に、
マンザニロくんの奉公先が決まった。めでたい。

たしかにマンザニロくんのアイディンティティーは『早生』だ。
しかし、それにしてもお彼岸前であるのになぁ、
と、うつろ、うつろしながら暮らしていると早くも時は、
お中日も過ぎて当月も「虫隠れて戸を閉ざす」と謳われる月末を迎えた。
その季節の移ろいを実感しながらミッション種は、
いまかいまかと出番を待つ体制にある。

さてこちら周辺は、
真夏にあっても夕暮れると山斜面の木々の密集した坂から冷気が下りてきて、
辺りの温度がストンと落ちるや、にわかに涼しくなる。
今夏は長雨も手伝ってかその落差がたいへん大きかった。
きっと、例年にないこの環境がマンザニロくんの成長を促したのだろう。
夜中になると夏場でも冷えて陰体質には羽根布団が手放せない。
人生には三つの坂があるというけれど
里山に在るあんな坂、こんな坂、真夏のまさかである。

ところで当地に移り住む前のころ、
鉢植えのオリーブには施肥を行い地植えのものは庭木の腐葉土のみの無肥料で育てていた。
思いもかけず施肥と無施肥のその差が現れたのは、
こちらに住まいを変えてから
その両方を地に下ろして1~2年ほど経った時だった。

それまでは施肥、無施肥のどちらとも元気・快活・爽快・暴れん坊の
多重構造みたいなオリーブの木だったのだ。
特に「鉢」という足かせをはずしたオリーブは、
解放感からか地植え出身のオリーブに比較すると
枝葉の競り具合は傍若無人、葉は色艶を武器に
ハバを利かせてその存在感は人目を引いていた。
それゆえ施肥のオリーブはさすがに体力があるなぁ、とその時は感じ入った次第だ。

しかし真夏の或る日、元鉢植えオリーブに異変を覚える。
それは風になびく瞬間に、ひるがえりながら見せるオリーブの表情だ。
表葉の真みどり色と裏葉の銀色の明暗比に、
しっとりとした深い艶が見受けられないところだった。
顔色がナーバス、というかオリーブ自身が持つ
成長に向けての独特の意気込みが発信されていないなぁ、と感じた。

この路線をたぐるとだいたい見当はつくのはアレ、
おもむろに地面に目を下ろすとやはりコレだった。
オリーブアナアキゾウムシくんたちの宴のあとがノコギリ屑化して散乱している。

後に肥料を与えていたオリーブのすべてがゾウムシ被害で枯渇した。
一方、無肥料のオリーブくんは不思議とその被害を免れ有りがたい事に、
今年は少し実をつけてくれている。
きっと無肥料で育ったオリーブは、
見てくれはもう一つでも害虫に対する自己免疫力を蓄えていたのだろう。

そこで想い出すのは昨年、
湯布院で講演をされた奇跡のリンゴで知られる木村明則さんのお話だ。
「虫を呼ぶのは肥料です」という木村さんのその言葉は、
生きる環境を壊さないようにしましょう、という喚起の声にも聴こえたのだった。

さても数年前、オリーブは無農薬・無施肥で育てるという信念で、
「いつもニコニコ・オリーブ見まわり」という教義を自分の中で作った。
仕事が空くと庭に出てオリーブの木に、
ニコニコっと話しかけながら枝葉を眺め廻し
キョロキョロとオリーブアナアキゾウムシの発見に努める。
これはオリーブが趣味程度の本数だからできる特権だな。

植物はオリーブに限らずいずれもさびしがり屋さんなので、
眺めるだけではなく葉っぱをナデナデしてあげたり、
話しかけると大いによろこんでやる気を起こすようだ。

そういうことで、朝起きるや外に出て、
おはようございま〜す、と声掛けするように努めている。
するとオリーブは一日中、はつらつだ。
などと偉そうだがにっこりオリーブの教祖はお年頃なので、
時おり忘れて数日が経っていたりもしている。


posted by イイジオリーブ at 23:24| Comment(2) | オリーブ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月31日

9月、目前の朝に。


9月が目の前の朝、オリーブ畑に立つ。
自然栽培を地で行く手つかずのオリーブくんの仲間には、
モグラやゾウムシ被害で枯渇死したものもある。

そのなか、けっこうな数の実をつけたマンザニロくんがいち早く色づきだして、
「放置オリーブ」の勇士を見せつけてくれている。
実に頼もしいかぎりだ。
そろそろグリーンオリーブの収穫を始めなければならない。
その塩漬けに至るタイミングおよび仕事の段取りを練っているところへ、
夏休み最後のラジオ体操を終えた子どもたちがズダダダダとなだれ込んで来た。
朝っぱらから何事かと思えばおどろいた事に夏の課題に苦慮しているのだそうだ。

夏休みとくれば宿題と研究課題のふたつが大原則。
この決まり事を最初からないように軽んじていた当然の結末だ。
これを世間では自業自得という。

とはいえ、少年たちにはオリーブの木のゾウムシ捕獲作業で
「平素はお世話になっております」なのだ。
これからの事もあるし、ここは助っ人にならない訳にはいくまい、
と、こころのなかで大人のかけ引きをする。

そこでスライム作りを提案すると、オオーという歓声が上がった。
スライムといえばホウ砂とPVA洗濯糊と水、
それに絵具や食紅があればいともたやすくできる「ぐにゅぐにゅ、どろどろ感触」の、
だからといって触った手にはくっかない奇妙な物質だ。

想い起すもドラクエシリーズで鳥山明さんが
イメージしたキャラクターデザインのニンマリ顔が流行った時、
世の中にいきなりお目見えしたのがコレであった。
当時、その不思議な手触りに触発されて
年甲斐もなくスライム作りにのめり込んだものだ。

ホウ砂は薬局さんで手に入る代物だが都会はどうだろう。
ただし、わたくしのソレは当時の使い残しで30年物のビンテージだ。
時間の経過でドロドロ感を出す威力が衰えていなければ良いなぁ、と心もとないが、
なに、なに、子どもたちの手前もあるしいつもの気合で乗りきってみたい。

さて、そのスライムも当たり前に作っていたのではあまり面白くない。
そこで、庭に天生えしたハーブでさわやかな香りの香草スライムなんてどうよ、
と提案するも子どもたちにはさざ波程度の反応だ。
男児にとって香りの世界は無縁なのだろうか。

ところでわが国には香道というものがある。
香を聞くことにより心身の浄化や感覚を研ぎ澄ましたり香りのイメージで遊ぶ世界だ。
子どもたちにもコレに似たような感性を感じて欲しいものだ。
と、いうわたくしの大人の見解でハーブスライムに決定!

では、先ずミント。
ウム、爽やかな香りにくつろぎを感じるよね。
では、鍋に水を張りミントの葉を入れひと煮立ちさせてみる。
ここでは香りと色素を抽出させよう。

ところが香草は爽やかだ、なんて思うのは一瞬だ。
子どもらが一斉に作業を始めると野草のくどさが部屋中にただよいだして、
鼻の穴が土管になるぞォ、騒ぎ出した。

ええい、やかましか。
これではリラックス効果が真逆になるではないか。

では、引き続き。
やがて加熱した鍋には草木色に染まった水溶液ができあがる。
これを冷まし置き後はホウ砂と水糊に加えて撹拌する。
以降、スライムの正しい作り方や材料の分量は割愛させていただくとして、
この他にライムやレモンバーム、特別バージョンでお菓子作りのために
常備しているシナモンやバニラを提供した。
カンナの花やヤマゴボウの実を煎じ取った色素も発色がいい。

子どもたちの意見も尊重してチョコレートやコーラのスライムも誕生した。
鼻孔を抜けるさまざまな香りと手にぐにゃっと吸いつくスライムの感触とが相俟って、
なかなかの心地好さではないか。
見た目も駄菓子屋さんの水あめのようで美しく宝石のようだ。

だがカレー粉スライムはいただけない。
理由は癒しの香りという範疇から逸脱した調理臭のイメージが香気の世界感を打ち消し、
手につくクミンのしつこさで安らぎを共有できないところだ。

しかし、カレー好きの子どもの発想としてはなかなかユニークなので座布団10枚。
当スライムの良点をあえて言うならば
カレー臭が鼻から胃へまとわりつき
腹がもたれる感覚で食欲が失せて行くというところだろう。
大人のダイエットおもちゃにどうだろう。
などと香りスライムに夢中になっているのは、
いつしかわたくしのみであった。

やれ、やれ、夏の研究課題はこれにて一件落着だ。
なお、スライム作りは一応、科学実験であるため大人と行うのが基本である。
と、子供らを前に上から目線でそう告げると折り返し
「スライムは何に役立つのか」を尋ねてきた。

で、こう話した。
キミたち、自然界には不気味で気持ちの悪い虫がウヨウヨいるよね。
それを観て自分たちはこんなヤツ、なんの役にもたたない、
必要じゃないなと思うことがあるじゃないか。

では、自分はどうだろう。
いったいなんのために生まれてきたのだろうか、とよ〜く考えてごらん。
ほら、ほら、なかなか答えがでないものだろう。
世の中には役に立つとか立たないとかの断定よりも
黒白明白でないところにこそ開拓の可能性や発見の喜び、
そして明るい未来があるのだよ。

すなわち、「己で考えよ」ということだ、
の、一行の文言で済む内容だったが咄嗟、核心に迫られたために、
煙に巻いて質問の息の根をムリヤリ止めてやった。

それにしても意表を突くかなりハイレベルで鋭い質問であった。
そろそろ夏休みが終わろうとしている。






posted by イイジオリーブ at 16:14| Comment(0) | 香草スライム作り | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年08月21日

おおいに安堵した一日。


当月当初、御多分に洩れずロンドンオリンピックの時差でやつれ果て、
ザックジャパンはベネゼーラ戦の応援とお盆とがもつれ込み今は疲労の極だ。
虚弱体質ゆえ幽明境を異にしては一大事、とここ数日はだらだらと過ごしている。

ヨシズを張った縁側でそんなトドぶりをさらしていると近所の子らが集まって来た。
わたくしは大人としての意識が欠落しているので、
比較すると成年男女よりもクソガキ君たちとの方が波長が合うようだ。

さて、はて、キミたち、きょうは何のご用かな。
と、少年相手に余裕をかましながらおもむろにアイス棒を差し出す。
それを口に運ぶ彼らの先には、
自ら堕ちる炎天下のゾウムシ捕獲作業が待ち受けているのだが
そんなことをいとう様子はない。
何故ならば仕事具合の如何により
アイスとは比べ物にならない美味しものが提供されることを、
彼らはこれまでの体験で学習しているからだ。

そんなこんなで冷えた大きなスイカを車座で囲むと
当然のようにオリンピックで大活躍した「なでしこジャパン」の話で座が盛り上がった。
一方、残念な結果ではあったが女子レスリングの浜口京子選手は、
おやじさんの個性的な応援にも嫌な顔をひとつしないところがエライ!
なんていう趣旨の発言が飛び出して、
「オマエさん、いったい幾つなんだよ」と正直、これにはおどろいた。

きょうびの子どももすてたもんじゃないなぁ、
と感心しているとひとりの坊主がいきなり閉会式の時のジョン・レノンがカッコよかったネ、
な〜んて事を言い出すのでおもわずスイカの水分が喉の奥にひかかり
口の中の種が鼻の穴から飛び出しそうになった。

そこへ間髪入れず賢者タイプの小坊主が
「フレディー・マーキュリーも出とったろうが」と突っこみを入れて来たではないか。
スイカを食していたわたくしは一呼吸置いて少年らにこう言い放ったのだった。
キミたちは本当に小学生かね。

気を取り直したわたくしがスクリーンに映ったジョンのイマジンと
フレディーのWe Will Lock Youの唄には涙が出た話をすると、
それを境に話題は音楽に切り替わりおのおのがギターが弾けるだの
作曲が趣味だのと、ひとしきり音楽マニアぶりを披露してくれたのだった。

いや、はや、当年とって十二~三歳ほどの少年が
すでに大人の音楽に造詣が深いとはおどろきだ。
ひょっとしてギターテクニックなんてエリック・クラプトン並みだったりして・・・
小学生相手にやっかみ気分が加わったりもする。
きっとご両親がロックな音楽に傾倒しておいでなのだろう。
思わずわたくしは子育てにおける家庭内環境の大切さを再認識すると共に、
それまで心の中でクソガキと位置付けしていた少年たちに敬意の念をはらった。

わたくしはギターの音色が一種独特だった夭折のポール・コゾフの事が、
未だ持って忘れられない。
あの世にはジャニス・ジョツプリンやジミ・ヘンドリックス、
ブライアン・ジョーンズなどの名ミュージシャンだらけだ。
そこで「ジョンもフレディーも冥土からの参加とは粋な計らいだね」と大人の言葉を放つと
なんと子どもらは「あのおじちゃんたち二人とも死んどうと?」と目を丸くしたのだった。
うっはっはっは。
おや、おや、キミたち知らなかったのかね。
それまで少年の大人びた言動に下降気味だった気分が一気に上昇気流だ。

以降、ジョンとフレディーの死に至る経緯は、
それぞれが成長ごとに知ることになるだろうからその部分の話は避けたが、
やっぱり子供はこどもなんだと大いに安堵したのだった。


本日から4日間
朝7時20分よりNHK -FMラジオで
20世紀の生んだ大ピアニスト グレン・グールドの
斬新かつ個性的なピアノ音が流れます。

posted by イイジオリーブ at 17:23| Comment(0) | グレン・グールド | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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